原点回帰または自伝的文章の試み その1

辻邦生先生の「背教者ユリアヌス」を20年ぶりに読んでおります。新潮社の辻邦生全集版で読んでいます。一回めに読んだのは大学2年の時。でもほとんど忘れてしまったますね。細かいところは。話題が変わりますが(そうでもないのかな?)、私は、物心ついたころから読書好きでした。学研の学習と科学なんて雑誌は、小学校1年の時からもう隅から隅まで読み狂ってました。小学校1年の時に友人の家に遊びに行く、そうすると、その友人の家にある本の内容が気になって仕方がない。で、友人と遊ぶのそっちのけで本を読み耽ってしまう。友人に「お前はオレと遊びに来たのか?本を読みに来たのか?」と訊かれ、「すまん。遊びに来たんだ」と言って友人と遊ぶ。でも次にその友人の家に遊びに行くと同じことをしてしまう。そういう活字依存症のガキでしたね。小学校低学年の時からすでに。少年少女向け世界文学全集の類で「ガリバー旅行記」「トム・ソーヤーの冒険」「八十日間世界一周」「宝島」「王子と乞食」「タイムマシン」などに小学生の時から親しんでいましたし、少年少女向けに翻案され訳されたSFやミステリーの類もかなり読みました。偉人の伝記も。それが中学校に進んでからあまり読まなくなりました。小学校6年の時にドヴォルザークの「新世界より」を聴いてクラシック音楽に目覚めたからでしょう。音楽と文学、2つのことを並行してできなかったのですね。中学時代の私は。高等学校に進学してほぼ同時に不登校になってしまいましたが、当時の私は純文学であれ、エンターテインメントであれ、何を読んだらいいのか分りませんでした。夏目漱石、芥川龍之介、太宰治、川端康成…といった文豪たちの作品にチャレンジしたのは不登校で休学してから、復学・留年した次の年の一学期あたりです。でも、今名前をあげた文豪たちは川端さん以外は概ね苦手です。私が「オレにも大人向けの小説が分るんだ!」ということを知ったのは、復学・留年した年の一学期後半あたりだと思います。井上靖先生の「猟銃」という作品を読んだのですね。これには本当に感動しましたね。当時の私は「善人同士、いい人同士でも分かり合えないことがままある。何故だろう?」ということに非常に悩んでいました。それが、井上先生の件の作品には、いい人同士でも分かり合えないことがままあることが美しい心理描写を駆使して心のひだまで分け入るように描かれているのですね。「猟銃」は書簡体小説です。主人公は年老いた元実業家です。その主人公に宛てて書かれた3通の手紙という体裁をとった小説です。中編小説ですね。主人公の妻、主人公の浮気相手の女性、その女性の娘という3人からの手紙からなる小説です。新潮文庫の「猟銃・闘牛」という作品集で今でも読むことができるはずです。この続きは明日か明後日に書きます。

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