やっぱりすげえな中村先生

中村真一郎先生は私が理想とする人物の一人です。辻邦生先生をして「中村先生ほど沢山本を読んでいる人はいません」と断言せしめるほどの大読書人にして大文芸評論家。20代でプルーストと源氏物語を戦時中の疎開先の軽井沢で原文で読んでいた人。しかも音楽・美術・哲学・歴史など中村先生が造詣が深いないジャンルというのはまずないのではないでしょうか。例の私が好きになってしまった心理の先生、カール・グスタフ・ユングの研究をしている方なのですが、「先生にとってユングとは?」というある意味根性の悪い私の質問に「この人のようになりたいといつも思っているのですが、一生かけてもなれないか、なれそうにない、そういう人です」という主旨のことをことを言われました。私の場合、中村先生がまさにそういう人です。でも読書人・文芸批評家としての中村先生には果てしないほどの敬意をささげながらも、小説家としてもこの方には私は複雑な思いを高校時代から持っていました。つーかこの先生の小説難しすぎるんだもの!!目がチカチカしてくるような細かい心理描写が延々と続くし、ワンセンテンスがすさまじく長いし。「源氏物語の世界」「王朝物語」「この百年の小説」「日本古典にみる性と愛」といった文芸評論や文芸エッセイはどれほどの賛辞もお世辞にはならないと私は確信しておりますが、小説のほうは、難解すぎて辻邦生先生や北杜夫さんのほうが小説らしい小説だから好きだな、つーか中村先生って評論やエッセイはあんなに平明で分かりやすいのに何であんな難解極まりない小説ばっか書くのと思っていたのです。ライフワークになった「四季」四部作なんてその典型じゃねーのと思っていたのです。「四季」「夏」「秋」「冬」の四部作です。この四部作、23年かけてまだ全部読み終えていません。「四季」を高校生だった91年に、「夏」を大学1年生だった93年に、「秋」を大学卒業後の98年ごろに読みました。脳みそが爆発しそうになる作品ばっかだと思いましたね。「冬」は2回も挫折しているのですよ。1回目は浪人中だった92年に、2回目はいつだったかもう思い出せません。昨日、どういうわけか「中村先生の小説が読みたい」という気まぐれが起こって、長い間積読状態になっていた「四季」四部作の完結編・「冬」を読解する作業にのり出したのです。以前感じたほどには難解だとは思いませんでした。それどころか昔は煩雑なだけに思われた細かい心理描写が詩的で抒情的で実にユニークで面白いものに感じられるのですね。この23年の間にハイカラ作家と言われた中村先生が影響を受けたトーマス・マンやプルーストや紫式部の作品を私は読みまくりました。そのせいか私の読解力は高校時代にはじめて中村先生の小説(「四季」か「夜半楽」だったかと思います)を読んだころに比べるといくばくかではありますが、向上しているようなのですね。

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