退院後、また廃人に逆戻り、おまけにネット依存症、生きてる価値はあるのかオレに?

8月13日主治医の判断で入院(確か保護入院だか措置入院だったかと思います)ということに相成りました。今月16日に何とか退院できました。ツイートでも散々書いた通りです。去年11月にも3週間ほど入院させられました。それがアホ馬鹿間抜け臨床心理士眞○百○子のせいであることも拙ブログで散々書きました。それにしてもこの女一人のせいでいつまでも祟られますなあ。こやつは本当に疫病神もいいところです。去年11月に退院した後は、今年4月ごとに新潟青陵大大学院の浅田剛正先生との面接が軌道に乗るまで地獄の苦しみを味わわねばなりませんでした。浅田先生に初めてお目にかかったのは今年の2月中旬のことでした。その直前に長岡の病院で主治医に「眞○先生のどこがいちばん不満ですか?」と訊かれたのです。私は即答できませんでした。不満でないところがないぐらいだったからです。とにかく○田合○○以外の心理士で、きちんとした心理士の資格を持った先生で、この疫病神の前に新潟市で会っていた高岡先生(仮名)や、あの私が女性として意識するようになってしまった私が通院している病院の常勤の中川先生(仮名)に匹敵するぐらいの臨床家としての力量がある先生だったら誰でもいいと思っていました。とにかくあの疫病神の面接をこれ以上受けていたら、あの疫病神の指示通りに行動していたら自分がぶっ潰れてしまう、ぶっ潰されてしまうという危機感がありました。とにかくこやつは乃木希典大将より無能、しかも乃木さんほどの責任感もないのですから始末に負えません。私は司馬遼太郎命ですが、乃木さんは司馬が書いているほど無能な司令官ではなかったという説を唱える学者さんも最近は増えてるようです。ですが、これは乃木さんについて語る記事ではありませんので、乃木さんの話はこの辺で。私の心理面接が浅田剛正先生にかわってからいいことも多々あったのです。あの女疫病神の時は全くできなかった、できないに等しかった読書ができるようになっていました。爆弾が落ちたスラム街のように散らかっていた部屋を整理することができるようになっていました。組み立て式のデスクや本棚をネット通販や近所のホームセンターで購入してテメェで組み立てて、きったなくなっていた部屋をある程度掃除したりして…英語検定の勉強もし始めていました。7月ごろからです。くどいようですが、浅田先生になってからいいことは多々ありました。浅田先生は、臨床家としては高岡先生(仮名)っぽいタイプですね。あの疫病神のように「ああしろ、こうしろ」といった指示をほとんど来談者(患者)に出しません(しかもあの女疫病神の出す指示は機関銃陣地に銃剣付き鉄砲しか持っていない歩兵をアホの一つ覚えのように突撃させるような指示ばかりでした。児玉源太郎さんだったら「陛下の赤子を無為無能の作戦でいたずらに死なせてきたのは誰か!」とカミナリ落としてるでしょうな)。約50分の面接時間の90%から95%は浅田先生は聴き役なのではないかと思います。聴き役に徹しますね。そして面接の最後に「あんたは今かくかくしかじかの状況に置かれて苦しくて辛いのですね」と言われる。それが全部当たっておるのです。「この先生はオレの今の苦しさや辛さを分ってくれている!」と患者をして思わせるものがあるのですね。だから患者は元気が出てくる。あの女疫病神のように「ああせえ、こうせえ」とは言わなくても患者は自発的に前向きな姿勢になって前向きに目標を定めて前向きに努力できるようになる。そういうタイプの先生ですよ。患者の自然治癒力を引き出すのが非常にうまいタイプですね。こういう先生があたしにはほんっとうに必要なんです。こういう人が軍事をやると名将・智将になるんでしょうな。でも浅田先生になってからよくないこともあったのです。でもこれが浅田先生のせいだとは小生にはどうしても思えないのですね。まず怒りっぽく、喧嘩っぱやくなってなっていました。そして周囲の人、家族や友人に怒りや感情をぶつけてそういった大事な人たちとの関係を損ねてしまう、という良くないこともあったのです。でもこれが浅田先生のせいだとはくどいようだが愚生には思えないのですな。むしろあの女疫病神の有害極まりない面接を一年近くも受けていた後遺症がどっと出たのではないかと思うのですね。主治医が仰るにはこれは私の持病である躁うつ病のそうの症状のなせる業なのだそうです。怒りっぽくなったり喧嘩っ早くなったりするのはね。ちなみに主治医からも浅田先生からも「忙しいから、大学が盆休みになったりするから2週間に一度の診察・面接を3週間今回だけ待ってもらえないだろうか」と言われてたのですね。お2人に3週間会えないのは本当に辛いことでした。死ぬかと思いました。でもお2人にあって診察や投薬や面接を受ければ万事後はいい方向にいくぐらいに私は考えていたのですね。それが主治医に入院が必要なほどひどいそう状態と言われた時は本当にショックでしたよ。浅田先生との面接も入院中は一時中断ということに相成ってしまいました。入院中の主治医の的確な診察と投薬と閉鎖病棟の静かな環境が功を奏したのでしょう。私は一ト月強で退院することができました。しかし!怒りっぽい面や喧嘩っ早い面は何とかコントロール(お薬や自分の努力でね)できるようになりましたが、浅田先生になってから起こったいいこと先ほど書いたので繰り返しませんが、いいことも全く無くなったり出来なくなったりという状態になってしまいました。これでは去年11月末に何とか退院こそできたものの、何もできない廃人同様になってしまっていた時期に、あの疫病神の面接、ウルトラ有害面接を受けていた時期に逆戻りではないですか!!本も読めず、集中して音楽も聴けず、前向きな気持ちになれず、体はだるく、そんな感じです。今月24日に新潟の大学内で浅田先生に会います。主治医は診察と投薬と病棟という環境を提供することで私の喧嘩っ早さや怒りっぽさを何とか除去してくれました。後は浅田先生に、元気を引き出してもらうしかないですね。そんなに他力本願でどうするのだと私を叱りつける方もおられるかもしれませんが、とにかくこの苦しさ、この無力感、自分が廃人になってしまったような感じをキリストさんでもアラーの神でもだれでもいいから何とかしてくれ、今の私はそういう心境なのですよ。はあ~。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック