患者を病院送りにして恥じることのない無能・愚劣・無責任・トンデモ臨床心理士○田○百○その3

無能・無責任・愚劣心理士真○合○子叩き第3弾であります。まだまだ筆誅は続くから覚悟しろ。私は、2010年2月と2013年の11月と2回キチガイ病棟に入院させられました。一回目の入院の最中に主治医から十年病院の心理面接室で会っていた心理の先生(女性)との面接の中断・終了を告げられました。内臓の一部をもぎ取られるほどの衝撃だったことは前にも書きました。それもこの先生を「オレは心理士や人間として尊敬しているだけではない。女性としてマジで好きなんだな。」とハッキリ気が付いた直後に面接終了を告げられたのですからショックはなお絶大なものでした。でも二十日間の一回目の入院から解放されて自宅に戻ったとき、この心理の先生への恋心からは卒業したのだと思っていました。実際卒業していました。昨年13年の8月に私は、~少し小っ恥ずかしい話ですが~オチンチンに怪我をしてこの病院の泌尿器科の先生のお世話になったことがありました。精神科の主治医に「放っといても治るレベルの怪我だと思うけど、一回だけ泌尿器科の先生の診察を受けることをおすすめします」と言われたのですね。この病院の泌尿器科診察室は、臨床心理室の隣にあるのですよ。私が泌尿器科のドクターが来られるのを廊下で待っていた時、かつて~2010年2月に~女性として好きになってしまった心理の先生が、心理室から出てこられたのですね。「先生、お久しぶりです」「こんにちは。越後のオックスさん」それだけですんでいました。「この先生のこと女性としてマジで好きになったことあったなー。いい先生だったなー。今でもこの先生の心理面接を受けてる患者さんにとっては本当にいい先生なんだろうな」、それですんでいました。それが!去年13年にキチガイ病棟に再入院させられたせいでこの先生への恋心、蘇ってしまったんですね。辛かったです。しょせん先生と患者、もしくは元患者、実る恋じゃありません。主治医に「入院が必要ですね」と言われた時、私は必死で「入院だけは勘弁してください。通院で頑張りますから」と懇願しました。それでも駄目でした。キチガイ病棟に逆戻りです。当然問題の心理の先生は毎日ミーティングやら私以外の患者さんとの面会やら色々な用事でキチガイ専用の子の第3病棟にもこられますよ。カギがかかっていて売店に買い物に行くことさえ、職員同伴でないとダメな、しかも狭いキチガイ病棟に入れられてるわけですから、逃げたくても逃げられません。どれほどこの心理の先生から逃げたかったか。顔を見れば恋愛感情、蘇ってしまいます。退院後もこの先生への実らぬ恋心は続き、苦しみました。本当にキチガイ病棟入院なんて最低最悪の事態にならなければこの先生への恋心が再び目覚めるなんてことはなかったのです。私は再び目覚めることないまま一生を終わりたかった。たまに病院の廊下ですれ違って挨拶を交わして「いい先生だったな。今でも素敵な方だな」、それですませたかった。それと、これは少し恥ずかしい告白ですが、私は異性を本気で好きになるとその相手と自分の人格や能力を比較して「この人と比べると自分はなんて人格も能力も劣った人間なんだ!」と自分を責めさいなんでしまう奇妙な性癖があるのですね。この苦しさに陥ったのは高校時代のあの恩師の方の時と、この心理の先生の時、二回だけです。これが本当に苦しいんだ。能力でも学歴でも人格の高貴さでも用紙でも才能でも知性でもこの女性よりもオレは、どうしようもないほど劣っている、オレはダメな人間だーと自分を刃物で切り裂くように責めさいなんでしまう。それもリストカット常習犯の人が刃物で己の体を切りつけるのを自分の意志では止められない様に止められないのです。くどいようですが、昨年13年にカギがかかってこの心理の先生から逃げようがないような環境に長期間置かれるようなことがなければ私の恋心が再び目覚めることはなかったし、自分を「なんて劣等な人間なんだ!」と責めさいなむこともなかったのです。と、いうことは私をこの無限地獄に突き落としてくれた元凶の罪は果てしなく重いと言わねばなりません。主治医は全く悪くありません。どう考えても無茶な、馬鹿の一つ覚えの様な銃剣突撃を何度も何度も私にやらせて私を入院せねばならないところまで追い込んだ、新潟市のあの無能・愚劣・無責任女臨床心理士が悪いのだとしか思えません。もちろん人を好きになること異性を好きになることは悪いことでもなんでもありません。むしろ素晴らしいことです。しかし、、私が「実らない恋なのだから一生、心に秘めて蘇らないようにしておこう」と心に決めていた苦しい苦しい無間地獄のような恋愛心理を、恋愛心理という私の心の奥深くに潜む化け物を蘇らせてくれたこの無能心理士、新潟在住の真○百○○の罪は果てしなく重いと言わねばなりません。こいつの面接を一回某カウンセリングルームで受けるのに私は、五千円も払っていたのです。長岡新潟間の交通費も含めると八千円です。ザケンナとしか言いようがありません。キチガイ病棟に私を二十日間もぶち込んでくれたばかりか、己を責めさいなむ地獄の恋地獄に私を突き落してくれたのです。いい加減にしろ、恥を知れ!!この恋心無間地獄のせいでこっちはいまだに苦しんでおるのだぞ!!

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この記事へのコメント

満照素運
2014年08月10日 22:52
先生とのことに絡んでいるのであれば、…こうした火を噴くような文章を書かざるを得なかった気持ちもよくわかります。その間柄をとても大切に思ってましたものね。

でもなんで「再入院の要あり」と判断されたのでしょうね。先生とのことのみならず、その処遇のためにこんなにも苦しまなければならなかったと言うのに…。
越後のオックス
2014年08月11日 05:54
満照素運さん、毎度です。主治医が再入院の必要ありと判断されたのは、私が「司馬遼太郎記念館を観て、戦艦三笠を見たい。お台場でガンダムの像を見たい。そのために大旅行がしたい」などと無茶なことをいきなり言い出したからでしょう。主治医はそれを聞いて「今の貴方がそんな大旅行を企てたら旅の途中で倒れてしまう可能性があります。ご両親を安心させて差し上げるために少し入院しましょう」と言われたのです。主治医は間違っていなかったと思います。テメェのセガレが15年も病気でのたうちまわって苦しんでいるのを医者任せにしてほったらかしにしてきた馬鹿親のために何で私がそこまでしなきゃならんのだ、とは思いますが、今でも。司馬遼太郎記念館や戦艦三笠やガンダムの像を見る大旅行は心理的に追い詰めれた苦しい状態から何とか抜け出すために思いついたことでした。私は自分をイタリア大旅行をした時のゲーテになぞらえていたのです。ゲーテも作家としても政治家としても人間としても行き詰ってどうしようもなくなった時にイタリア大旅行をしたのですからね。こんな無謀な大旅行を思いついた私も馬鹿でしたが、こんなことを思いつくところまで私を心理的に追い詰めてくれたアホ馬鹿間抜け臨床心理士眞田百合子の罪は果てしなく重いと言わねばなりません。

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