長い間更新をサボりました。EMDRを今日受けてきました。

私は、mariatiaraymondという名前でツイッターもやっております。そちらも読んでいただければ幸いです。最近自分は、ブログには不向きな人間なのではないかと思い、更新をサボっておりました。EMDR(眼球運動による脱感作と再処理)という精神療法があります。興味がおありの方はググってみてください。面白いですよ。「へー、ドクターの右手の動きに合わせて、患者さんが眼球を左右に動かすだけで心の傷が癒えることがあるのか」と驚かれるかもしれません。そういう精神療法があるということです。私は2008年12月にはじめてEMDRを受けました。高校時代の恩師にスルーされて何も手につかないほど苦しんでいた時、ネットの相談室で知り合ったどこのだれか分りませんが、善意の人がこの治療法の存在を教えてくれたのです。私の躁うつ病の治療にあたってくれている主治医は、EMDR(以下EMと略します)の資格こそ持っていないものの、この治療法の存在は知っておられました。主治医の紹介状を持って2008年に初めて市内の某病院の有資格のドクターのところに藁にもすがるような思いでEMを受けに行ったのです。不思議な治療法です。薬も機械も使わず、手術もしないのに効果はあります。初めてEMを受けた日は100メートル先も見えないような猛吹雪の日でした。でも曇りひとつなく晴れ渡った五月の空のような晴れ渡った心境になったものです。こんな不思議な体験は生涯に指を折って数えるほどしかないほど不思議な体験をしました。高校時代の恩師の件から立ち直るために2008年の12月と翌9年の2月に計2回EMを受けました。それでやっと立ち直れました。2回目のセッションの時だったと思いますが、ドクターの右手の動きを両目で追っているとき、憧れていた恩師のウェディング姿が鮮やかに脳裏に浮かびました。光り輝くように美しいウェディング姿でした。このことをドクターに申しあげたら「セッションは成功です」と言われたのです。とにかくEMは威力はあります。宇宙戦艦ヤマトの波動砲か紺碧艦隊の酸素魚雷(笑)みたいな威力がある。2011年に東日本大震災がありました。その時は私は「新潟県にもすごい地震がくるのではないか」という不安と恐怖に苦しめられ、3回目のEMを受けました。その時は1回のセッションでお終いでした。今日、主治医の紹介状を持って4回目のセッションに行ってまいりました。私は日本人の平均寿命の半分はもう生きてしまった年齢です。異性を好きになったことなんぞ数えきれないほどあります。でもその人のことしか考えられないほどリアルの女性をマジで好きになったの2回しかありません。1回目は高校時代の恩師。2回目は、そう、あの心理の先生です。ツイッターでは「博士」という私が勝手につけたあだ名で呼んでいる方です。笑顔が素敵で厳しいときは厳しかったけど、優しいときは本当に優しかった方。私のような大馬鹿患者と10年も病院の相談室で付き合ってくださった方。私は、2010年2月に自殺未遂で入院しました。睡眠薬や抗不安薬を大量服用してしまい、気が付いたら病院に担ぎ込まれていました。ただ、薬を大量服用した時の記憶が全くないのです。いくら思い出そうとしてもダメ。主治医に「これほど貴方が情緒不安定になったことは私が主治医になってから他にありません。入院の必要を認めます」と言われました。そして失意のどん底の入院中に件の心理の先生のカウンセリングの終了を主治医に告げられたのです。癌の告知を受けるよりもショックでした。北方謙三の三国志で、関羽が戦死したと聞いた時、劉備は「内臓をもぎ取られたような衝撃を受けた」とかいうセンテンスが出てきますが、博士のカウンセリング終了を告げられた時の私はまさに内臓をもぎ取られたようなダメージを受けたものです。2010年といったら大昔ではないか、そんな昔のことでどうしてEMを受けたのか、と思われるかもしれませんが、その経緯は明日書きます。それではグーテナハト。

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